ようやく転入手続きと中学進学のための書類、児童手当関係の手続きが完了。これでようやく宇宙留学関係については大体修了かな。
今回種子島へ宇宙留学修了と小学校卒業式に参加したことの総括。
今回宇宙留学に参加した長女子は6年生。つまり小学校卒業学年でした。
卒業式は24日に、全体の宇宙留学修了式と地区の送別会は25日に開催。
24日は、長女子の発案企画で、お世話になった茎南小学校全児童と教職員のかたにお礼と気持ちをつたえたいとのことでちょっとしたサプライズプレゼントを実施。そのためにちょっと早く学校へ。
サプライズプレゼントは駄菓子の詰め合わせ袋を配りました。(中味は写真に+”うまか玉”)
目玉は、卒業生全員が映っている写真をつかって『Myブラックサンダー』を添えたこと。
(できあがりは顔の判別がつかなくって・・・プライバシー保護ということで(^_^;))
Myブラックサンダーは、好きな写真と好きな文字と多少のレイアウト操作でオリジナルのものを作ることができるのです。後に残るものじゃないですが、インパクトはあるので心に残ってもらえれば。
いよいよ卒業式。
卒業生10名、(男子6名、女子4名:留学生男子3名、女子はうちの長女子1名)
卒業生が一人一人、向かって右から壇上にあがり、左手からおり自席へ戻る。降壇時に、正面をむき、ひとりひとり”自分の将来の夢”を声高らかに宣言します。自分の子供の番。宣言内容を聞き、意外な夢を確認することに。
うん。
悪くはない。それはお父さんも一時期考えてたこともある。
夢、という登る山がきまったんなら、次はその山頂へ至るための道や装備、パーティをどうするか自分で考えなきゃね。小学生の段階でそんな小難しいことはわかんないのは当たりまえ。
これからだよ。
そして各卒業生から実親(留学生は里親さんにも)へ今までのことについての感謝の言葉。
こういった内容の濃い卒業式は、少人数だからこそ。そして6年生で宇宙留学に子供が参加したからこその体験。ありがとう。
25日は、午後一から宇宙留学全体の修了式。
これは、淡々と式次第通りの滞りなくの進行。
しかし参加した宇宙留学生全員の顔をみる最後の機会であり、昨年4月以降久しぶりに見る面々。心なしか、2年生のこも含め目を見張るよう顔つきが凜々しくなったような気もする。
これも、それぞれの里親さんはじめ、地域の皆様や学校の教職員の先生方、そして学友のおかげなんだろうと思う。
すべてが天国のような世界はありえず、辛いとき嫌なときはあったと思う。
けど、全体を通してみれば素晴らしい体験をしたんだろうな、とも思う。
そうでなければ1年乗り切るのはなかなか難しいのではないだろうか。
式が終わった後、下の町役場で転出手続き。早い人は前日に手続きを終えたそうです。
はやい(笑)
それから各地区毎での送別会。
茎永地区では転出する先生方の送別会をかねて地区センターで開催されました。
地元の方達の手作り料理をつつきながら、実親さんや里親さんの間での最後の歓談で交流会。合間に転出する先生の紹介や留学生代表の挨拶など。
なんと、まぁ、留学生代表としてうちの長女子が挨拶をすることに。
しかし、まぁ、本当に成長したなぁ、とおもったのがこの時です。
本人には事前に先生から内示はあったようで、『どうしよーか~』と悶絶していた姿を見せていたくせに、マイクを握った瞬間すらすらと話始めるわけですよ。
しかも、その前にあった校長先生からの留学生紹介のときの名前間違いを逆手に取り込むその場のアドリブ強さw。しょっぱなからの”「つかみ」はオッケー”という強心臓。
勉強はそんなに得意じゃないけど少し向上したようだし、多少の坂へ平気で登り切る体力、眼科医にかよっていたのが視力も1.0と向上、とかなり改善されていますが、こういった大人相手に堂々と立ち回れる力がついたことが凄く嬉しい。まさに”生きる力”が向上ていると思う。
そうそう、このときの記念品が1年間のイベント写真が詰まったUSBメモリとDVD、電子辞書という素晴らしい頂き物でした。
重ね重ねで恐縮ですが、この一年間、里親さん、地域のみなさん、小学校の教職員の先生方、実行委員会や諸関係者の皆様の多大な支えがあってここまでに成長できたものと思います。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
そしてなにより、宇宙に対して興味のないながら、親のすすめにたいして応諾してこのプロジェクトに参加してくれた娘に感謝です。ありがとう。
これからまだ独り立ちするまで多少時間はあるけど、できる限り必要なことだけ応援するよ。
これで、我が家の宇宙留学に関しては終わりです。ありがとうございましたヽ(^。^)ノ
(続編は次女子ちゃんの時、かな?)
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